子供が生まれて、私の「24時間」は完全に塗り替えられた件について

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2026年3月

生後100日目


娘が生まれる前の私は、「パパになっても成長し続ける男でいる」と本気で思っていました。

仕事終わりにカフェで2時間勉強。


電車の中でも英語。昼休みも勉強。残業もいとわず、明日の定時上がりのための「仕込み」も普通にやっていた。


自分でも、わりとストイックにやれていると思っていました。



甘かった。

死ぬほど甘かった。






あの頃の1日、今となっては別世界の話だ。

<出産前の私のスケジュール>

6:00      起床
7:30〜9:00  電車内で勉強
12:30〜13:00 昼休みも勉強
17:30〜20:00 カフェで2時間勉強
21:30     帰宅・食事・風呂
23:00     読書・就寝


我ながら、よくやっていたと思う。


毎日カフェに寄って、ノートを広げて、コーヒーを一口飲んで「さて、やるか」とつぶやく。あの時間が好きだった。


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↑いつも、こんな感じで


今となっては、遠い国の話みたいだ。






今の私の1日。これが現実だ。


<いまのスケジュール>

5:30  朝起床。まず洗濯を干す。昨日干した洗濯を畳んで直す。
6:30  朝食を食べる。昼飯もつくる。
7:00  出発。
     (電車に乗った瞬間に落ちる。)
17:30  退勤。即、スーパーへ。
18:30  帰宅。
19:00  晩御飯。
19:30  娘を風呂に入れる。
20:00  ミルクを飲ます。(なぜか30分かかる。)
20:30  布団を敷く。食器を洗う。米を予約する。
21:30  寝かしつけ開始。(終わる保証はない。)
22:00  ようやく、自分の時間。
23:00  就寝。

文字で書くと、なんかあっさりしているように見える。

でも実際は、この間にいくつもの「想定外」が差し込まれてくる。



ミルクに、なぜか30分取られる。


これ、パパになった人にしかわからないと思うんですが。

ミルク、飲まない時は、飲まない。


「さあ飲め♪」と思っても、娘には娘のタイミングがある。


あやして、向きを変えて、また試して。気づいたら30分経っている。


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↑娘の、ミルク拒否のポーズ


ミルクを飲ませながら、私はただ娘の顔を見ている。それだけなんだけど、30分が溶けていく。

不思議だ。






うんち問題について、真剣に語らせてください。


オムツ替え、甘く見ていました。

ある日の夜、娘のご機嫌がすこぶる悪い。泣き止まない。おかしいなと思ってオムツを確認したら——はみ出ていた。


服まで到達していた。


「あ」と思った瞬間には、私の手にも付いていた。


急いで娘を洗って、服を洗って、オムツを替えて、自分の手を洗って。そこで時計を見たら、22時を超えていた。

その日の「自分の時間」は、15分だった。


笑うしかない。

これが日常だ。


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そして朝。洗濯との格闘が始まる。


5時30分に起きて、まず洗濯を干す。

昨日干した分を畳んで直す。それが終わったら朝飯を食べながら昼飯もつくる。


以前の私は、朝6時に起きて「さて今日も勉強するか」とコーヒーを飲んでいた。


今の私は、5時30分に起きて洗濯と向き合っている。

どちらが充実しているかと聞かれたら、正直迷う。でも、どちらが「生きている感じ」がするかと聞かれたら——今の方だと、素直に思う。



定時即上がり、に変わった話。


以前は残業も普通にやっていた。「明日のための仕込みだ」と思っていたから、17時30分を過ぎても机に向かっていた。むしろ、それが仕事への向き合い方だと思っていた。


今は違う。


17時30分になったら立ち上がる。仕事が残っていても、立ち上がる。

迷わない。


娘が待っているから。スーパーで夕飯の食材を選ぶ時間があるから。風呂に入れる係は私だから。


不思議なことに、定時で帰ることを意識し始めてから、仕事の段取りが少しだけ上手くなった気がする。「今日中に終わらせる」という意識が、以前よりずっと強くなった。制約が、人を少しだけ賢くするのかもしれない。


時間がないと、人は工夫する。


勉強の話をすると、今はオンラインや音声コンテンツに頼っている。

通勤中に「聴く」だけで学べるものが、こんなにあったのかと正直驚いた。


以前は電車でテキストを広げていた。今はイヤホンをつけて、目を閉じながら学んでいる。


まわりから見たら爆睡しているように見えているかもしれない。実際、半分寝ている時もある。


でも、要点だけ押さえる習慣はついてきた。だらだら2時間やるより、集中した30分のほうがよほど頭に入る。これ、本当にそうだった。


時間があった頃の私は、たぶん時間を少し、無駄にしていた。



子供がいながら資格を取ったり、大学院に通っている人がいる。


本当にすごいと思う。

以前は「そういう人は要領がいいんだろう」と、どこかで思っていた。


今は違う思いで見ている。あの人たちは、隙間を全部使い切っているんだ。ミルクの30分も、寝かしつけの時間も、洗濯を干している5分も、全部。


私も、まだそこには追いついていない。でも、少しずつ近づいてはいると思う。





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↑このような集中時間こそチャンスだ



最後に


疲れています。毎日。

でも、娘が笑うと、全部吹き飛ぶ。

うんちが服にはみ出た夜も、お風呂でおしっこが出て洗い直す時間も、ミルクで30分溶けた夜も、寝かしつけが終わらなかった夜も——翌朝、娘がニコッとすると、なんか全部どうでもよくなる。


これ、やってみないとわからないと思う。


時間は減った。でも、1日の密度は確実に上がった。毎日が、以前より少しだけ濃い気がする。


日々を大切にしたい。

そう思える毎日を、娘がくれている。