「3人で始めた就労支援、1年後に残ったのは1人だった」
プロローグ:ブームの終わり際に飛び込んだ3人
※この話は、実際にあった顧問先での出来事をフィクションを交えて記載しています
就労支援事業所、というものをご存知だろうか。
障害を持つ方や、働くことに困難を抱えた方が、社会復帰や就職を目指して通う福祉施設だ。いわゆる「就労継続支援B型事業所」が代表格で、ここ数年で全国的に急増した。
なぜ急増したか。理由はシンプルだ。
「国からお金が入るから」
利用者が通所すると、国から報酬(レセプト)が入る。
民間の顧客を開拓しなくていい。国が支払ってくれる。だから「安定したビジネスだ」と言われ、参入者が続出した。
ところが、である。
飽和状態になれば何が起きるか。不正受給する事業所が出てくる。架空の通所記録をつけたり、実態のないサービスを提供したふりをしたり。そういう不正が相次いだ結果、国は報酬単価の見直しに動き始めた。日本経済新聞にも、その動きが報じられている。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA241VC0U6A220C2000000/
つまり、ブームはすでにピークを過ぎていた。
そんなタイミングで、3人の若者が私の事務所にやってきた。
第一章:3人の相談者
ある平日の午後。予約の時間ちょうどに、3人が連れ立って入ってきた。
20代後半から30代前半といった年格好。女性が1人、男性が2人。
女性——仮にAさんとしよう——が中心になって話を進めた。落ち着いた話し方で、福祉業界での実務経験もある。就労支援の現場を知っている人間の目をしていた。
男性2人——BさんとCさん——は、どちらかといえばノリが軽い。「営業は俺たちに任せてください」と言った。実務経験はないが、人脈と行動力で貢献するつもりらしい。
3人は「共同代表」という形で起業するという。出資比率はAさんが最も高く、名目上の代表もAさんだ。
話を聞きながら、私は内心で思っていた。
共同経営、うまくいくんだろうか。
共同経営というのは、非常に難しい。誰が最終決定権を持つのか。収益が出なかったとき、誰が責任を取るのか。意見が割れたとき、どう着地させるのか。仲の良い友人同士であればあるほど、お金の話になったときに関係が壊れやすい。
だが、そこを指摘するのは私の仕事ではない。融資の相談に来たのだから、融資の支援をする。余計なことは言わない。それがこの仕事のスタンスだ。
「では、希望融資額と事業計画を確認していきましょう」
第二章:事業計画書をつくる
3人の構想はこうだった。
就労継続支援B型事業所を開設する。さらに、カフェを併設する。利用者がカフェの運営を担うことで、実践的な就労訓練ができる——という触れ込みだ。
確かに、カフェ併設型の就労支援事業所は近年増えている。おしゃれな内装で、地域に開かれた雰囲気。福祉施設っぽくない福祉施設、という方向性は悪くない。
ただ、私が気になったのはマンパワーの問題だ。
就労支援事業所の運営には、サービス管理責任者をはじめとする有資格者の配置が必要になる。利用者の支援計画を立て、日々の支援記録をつけ、行政への書類も用意する。これだけでも相当な業務量だ。
それに加えて、カフェの運営まで回すとなると——。
Aさんには実務経験がある。だが3人体制で、しかも立ち上げ期に、本当に両方回せるのか。
資金計画にも課題感があった。自己資金300万円。希望融資額は公庫との協調融資で1,200万円。(据え置き半年希望)
創業融資としては大きい金額だが、物件取得・内装工事・設備導入・運転資金を積み上げると、その規模感は理解できた。
事業計画書を一緒に作り込み、知り合いの銀行に話をつないだ。
数週間後、審査が通ったという連絡が入った。
自己資金300万円、融資1,200万円。合計1,500万円でのスタートだ。
第三章:開業、そして静寂
開業から数ヶ月後。私は状況が気になり、様子を聞いた。
申告の顧問契約ではなく、融資のスポット対応だったので頻繁に関わる立場ではない。それでも、1,200万円の融資を動かした案件だ。経過くらいは追っておきたかった。
返ってきた言葉は、芳しくなかった。
「利用者が、なかなか集まらなくて」
就労支援事業所の収益構造を、改めて整理しておこう。
売上は「利用者が通所した日数×報酬単価」で決まる。利用者が来なければ、収益はゼロだ。しかも報酬の入金は、サービス提供から約2ヶ月後になる。
つまり、開業直後は——利用者を集め、支援を提供し、記録をつけ、請求をして——ようやく2ヶ月後にお金が入ってくる。その間の人件費・家賃・光熱費は、全部手出しだ。
入金サイトが長い。これが就労支援ビジネスの最大の落とし穴の一つだ。
カフェの客足も、思ったより伸びていないという。
「資金繰りが少し厳しくて……」
その言葉が、引っかかった。
第四章:1年後の事務所
開業からおよそ1年が経ったある日、私は事務所を訪ねた。
扉を開けると——Aさんが1人で座っていた。
「BさんとCさんは?」
Aさんは少し間を置いてから、静かに答えた。
「……2人とも、いなくなりました」
詳しく聞くと、こういうことだった。
開業から半年ほどで、資金繰りが本格的に苦しくなった。利用者は少しずつ増えてはいたが、想定より遅かった。カフェも軌道に乗っていない。3人とも、自分たちへの給与をほとんど取れていない状態が続いた。
そのうち、BさんとCさんの姿が事務所から消え始めた。
「連絡しても、出なくて」
最終的に2人は音信不通になった。会社の債務はAさんが背負う形になり、事業を閉めることも決まったという。
Aさんは淡々と話していたが、その表情には疲労と、どこか諦めのような色が混じっていた。
「1,200万円の返済を背負って、1人で残された。」
第五章:なぜこうなったのか
この案件を振り返って、問題点を整理する。
問題①:共同経営の構造的な脆さ
共同代表・共同出資という形は、一見フェアに見えて、危機時に崩壊しやすい。収益が出ているうちはいい。問題は、お金が回らなくなったときだ。自分の生活費も確保できない状況になったとき、「覚悟」のない人間から順番に離脱していく。BさんCさんが悪人だとは思わない。ただ、腹をくくっていなかったのだと思う。
問題②:ビジネスモデルの理解不足
就労支援事業は「国からお金が入るから安定」ではない。利用者が集まらなければ収益はゼロ。入金まで2ヶ月かかる。利用者の状態によって稼働率も変わる。**報酬に完全依存するビジネスモデルだ。**カフェ併設でさらに運営負荷を上げた結果、マンパワーが完全に不足した。
問題③:悪質なFCコンサルの存在
これは声を大にして言いたいのだが、就労支援の開業を勧める「フランチャイズコンサル」の中に、かなり怪しいものがある。「国からの収入だから安定」「参入障壁が低い」「今がチャンス」——そういう言葉で起業を煽り、加盟金を取る。ビジネスモデルの本質的なリスクは説明しない。儲かるのはコンサルだけ、という構図だ。
エピローグ:Aさんのこと
Aさんはその後、債務整理の手続きに入ったと聞いた。
福祉の現場で真面目に経験を積んできた人間が、こういう形で傷を負うのは、見ていて辛い。
ただ、この話には教訓がある。
事業を始めるとき、一緒にやる人間の「覚悟」を確認すること。ビジネスモデルの収益構造を、数字で徹底的に理解すること。そして、甘い言葉で起業を煽るコンサルには近づかないこと。
この記事を読んでいるあなたへ
✅ 就労支援を検討しているなら確認すること
- 利用者が0人の状態で、何ヶ月運転資金が持つか試算したか?
- 入金サイト2ヶ月を前提に、キャッシュフロー計画を立てたか?
- 一緒にやる人間と、「お金が入らない期間」の覚悟を共有したか?
- そのFCコンサル、加盟金を取った後も責任を持ってくれるか?
補助金や融資は、正しい事業計画の上に乗せてこそ機能する。
夢を持つことは大切だ。でも、数字から目を背けた夢は、ただのギャンブルになる。
という、支援先での出来事でした。